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東京地方裁判所 平成11年(ワ)7467号 判決 2000年1月31日

原告

沖津正俊

右訴訟代理人弁護士

小木和男

被告

株式会社アサツーディ・ケイ

右代表者代表取締役

多氣田力

右訴訟代理人弁護士

江川勝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一九四三万九六九〇円及びこれに対する平成一一年一月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告を退職した原告が、退職金の一部が未払であるとして、被告に対し、未払退職金として金一九四三万九六九〇円及びこれに対する退職の日の翌日である平成一一年一月五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は広告及びパブリックリレーションズの取扱いなどを業とする株式会社である。被告は平成一一年一月一日商号「株式会社旭通信社」を「株式会社アサツーディ・ケイ」に改め、同月四日第一企画株式会社(以下「第一企画」という)を吸収合併した(争いがない)。

2  原告は昭和四六年三月八日に雇用期間を一年とする技術契約社員として第一企画に雇用され、以後毎年契約を更新してきた(争いがない)。

3  第一企画は昭和六〇年になって原告を管理職として長期雇用する意向を持ち、原告に対し一般社員になるよう申し入れ、原告も一般社員になることを承諾し、原告と第一企画は同年七月一日付けで原告を第一企画の一般社員として雇用する契約を締結した(争いがない)。

4  第一企画の一般社員には退職手当金と退職年金(企業年金ともいう)が支給されるものとされており、いずれも一時金として支払を受けることができる退職手当金の金額は、退職手当基本給(後記第二の三2のとおりこの金額には争いがある)に勤続年数と掛率を乗じて得られる金額であり、勤続年数に一か月未満の端数があるときはこれを一か月と計算し、一か月は一二分の一年と計算し、掛率は勤続満一〇年以上満二〇年未満が一・二、満二〇年以上満二五年未満が一・五、勤続満二五年以上が二・〇である。退職年金は勤続二五年以上の一般社員に対し支給されるもので、年金月額は退職手当基本給の二〇パーセントであり、一時金の金額は年金月額の九二・二九六倍である(書証略)。原告は在職中から第一企画に対し退職手当金及び退職年金についていずれも一時金として支払うよう求めていた(争いがない)。

5  原告は平成一〇年一二月末日をもって同社を定年退職した。原告の本来の定年退職日は平成一一年一月四日であったが、第一企画が原告に経済的な不利益は負わせないことを約束したので、合併直前の平成一〇年一二月末日をもって第一企画を定年退職した(争いがない)。

6  原告の退職時の本人給は一五万四〇〇〇円、職能給は四四万八八〇〇円である(争いがない)。

7  被告は原告の退職金として五一三万六〇〇〇円を原告に支払うことにし、原告は退職金の一部としてこの金額の金員を受領した(争いがない)。

三  争点

1  退職手当金及び退職年金の計算における勤続年数に関する合意の成否について

(一) 原告の主張

原告は、第一企画の一般社員に登用される際に一般社員に登用されると年収が減少することを指摘したところ、当時の第一企画の社長であった境直哉(以下「境」という)は、一般社員に登用されれば退職金があり、原告については技術契約社員としての入社時にさかのぼって勤続年数を数えるから、退職時には年収減少分以上を補てんできると言うので、原告は一般社員に登用されることを承諾した。このように原告と境は原告の退職金の計算における勤続年数を技術契約社員として第一企画に雇用された時点から起算することを合意した(以下「本件合意」という)のであり、次の(1)ないし(3)によれば、本件合意の成立は明らかである。

(1) 被告の諸規定による裏付けについて

ア 原告が入社した当時の社員退職手当支給規定(書証略)によれば、退職手当金は社員全員が対象とされていて、技術契約社員は排除されていない。技術契約社員取扱規定(書証略)一三条は技術契約社員について就業規則中の「給与に関する規定」を排除しているが、退職金に関する規定は排除していない。原告が入社した当時の就業規則(書証略)では給与と退職手当は別のものとして規定されているから、退職手当が「給与に関する規定」に含まれていると解する余地もない。したがって、原告が入社当時から退職金請求権を有していたことは規定上明らかである。

イ 第一企画は昭和五五年一月一日から原告に対し役職手当の支給を開始したが、その支給根拠は技術契約社員取扱規定(書証略)ではなく給与支給規定(書証略)であったことからすれば、原告については昭和五五年一月以降又は昭和六〇年七月以降退職手当及び退職年金に関する規定の適用があることになる。ところで、社員退職手当支給規定(書証略)によれば、計算対象となる勤続期間は単に「勤続年数」と記載されているだけであることからすれば、社員退職手当支給規定(書証略)がなかったときから在職している社員について社員退職手当支給規定の制定に伴って勤続期間が入社時にさかのぼって計算されるのと同様に、技術契約社員から一般社員に変わった社員についても入社時にさかのぼって勤続年数が計算されることを示している。しかも、同時期に作成された第一企画株式会社退職年金規定(書証略)四条は「入社した日の属する月から」勤続年数を起算すると明記しており、「入社」という用語には何の断りも限定も付けられていないことからすると、「入社」が従業員として採用されたことを意味することは明らかである。そうすると、社員退職手当支給規定(書証略)についても同様に解するのが自然である。

そうすると、前記アが認められなくとも、原告の勤続年数の計算は入社時にさかのぼることになる。

ウ 平成二年二月三日から施行された契約社員取扱規程(書証略)四条は技術契約社員を永年勤続表彰の対象から除外しつつ、一般社員となった後は技術契約社員の勤続年数も通算する扱いとしており、この勤続年数の計算の仕方を退職手当金及び退職年金に当てはめてみると、仮にもともと契約社員には社員退職手当支給規定が適用されないとしても、一般社員となった後は技術契約社員としての勤続年数を通算するということになる。

(2) 本件合意の成立時の事情について

ア 次の(ア)及び(イ)によれば、原告は、第一企画から技術契約社員からの勤続年数を通算して退職金を計算するという提案がされない限りは、第一企画の一般社員になることはなかった。

(ア) 原告が第一企画の一般社員に登用されたのは、第一企画から原告のような管理職が契約社員では対外的にまずいという理由で第一企画の一般社員になるよう求められたからであり、原告から第一企画に対し今後の身分上の不安などから第一企画の一般社員に登用されることを切望し第一企画に一般社員に登用されることを懇請したことなどない。

(イ) ところが、原告が技術契約社員として第一企画に雇用されていた当時の収入の推移は別紙1の<1>のとおりであり、原告が一般社員として第一企画に雇用されていた当時の収入の推移は別紙1の<2>のとおりであり、原告が一般社員とならず定年まで技術契約社員として第一企画に雇用されたと仮定した場合の収入の推移は別紙1の<3>のとおりであり、別紙1の<2>の合計金額から別紙1の<3>の合計金額を差し引いた残額は金三〇六九万九〇〇〇円となる。このように原告が技術契約社員から一般社員に登用されると、相当の減収になる。別紙3によれば、技術契約社員のままであったO・K氏とT・K氏の年収は増加し続けており、別紙1の<3>の推移は決して不合理なことではない。

また、原告が被告の提案を承諾して第一企画の一般社員に登用されれば、原告の年収は一〇〇万円から二〇〇万円は低くなるのである。

原告が被告の提案を承諾して第一企画の一般社員に登用されれば、退職手当金や退職年金が支給されることになるわけであるが、定年である六〇歳までに勤続可能な年数は一三年余りしかなかったから、退職手当金も大した金額にはならず、原告が第一企画の一般社員に登用されることによる減収分を補てんするのに十分であるとはいえない。

イ 次の(ア)及び(イ)によれば、境が原告との間で本件合意をするはずがない(後記第二の三1(二)(2)イ)とはいえない。

(ア) 本件合意をした当時の社員退職手当支給規定三条には「特別事情のある者に対して支給額を増額することがある」と定められているから、この条文を意識して、原告の功労や一般社員に登用されることに伴って低下する労働条件の回復を考えて本件合意をしたと見ることもできる。

(イ) 原告の知るところでは、被告のオーナーでもあった境はお手盛りの要素が強く、給与も決して体系的なものではなかったと聞いており、人事管理においても同様であったと言われている。したがって、境がその独断で本件合意をしたことは十分考えられる。

(3) 本件合意の成立後の事情について

ア 原告は平成三年五月一五日第一企画から「勤続二十年余」の永年勤続表彰を受けており、右の「勤続二十年余」が原告の技術契約社員としての勤続年数を含むことは明らかである。

イ 第一企画は平成四年五月一八日退職金等を優遇する「特別退職優遇制度」を実施し、対象者を「平成四年五月一日現在勤続一〇年以上の一般社員」としたが、当時の第一企画の人事部長であった北島武司(以下「北島」という)は原告に対し右の制度の利用を打診し、原告が右の制度を利用した場合の退職金等の金額を尋ねると、原告の勤続年数を昭和四六年からとして計算した金額を回答してきた。原告は結局はこの制度を利用しなかった。

ウ 原告が平成一〇年四月に退職手当金及び退職年金の金額について第一企画に照会したところ、その合計は二二八〇万七九〇三円であるという回答を得た。

(二) 被告の主張

境は既に数年前に他界しており、同人に本件合意の成否について確認する術はないが、次の(1)ないし(3)に照らし、境が本件合意をしたとは到底考えられない。

(1) 被告の諸規定による裏付けについて

ア 原告が入社した当時の社員退職手当支給規定(書証略)によれば、退職手当金は社員全員が対象となっており、技術契約社員は排除されていないような規定の仕方になっている。

しかし、退職金は給与の後払いとしての性格を有するものであるところ、技術契約社員の契約期間は一年ごとに更新され、技術契約社員の契約金は年俸制で一年ごとに前回更新後一年間の業績を基準に交渉によって決められていたのであるから、そもそも技術契約社員の契約金には給与の後払い部分はない。また、技術契約社員には基本給の概念はない。原告の給与明細書(書証略)には基本給の項目があるが、一般社員用の給与明細書を流用した結果にすぎない。

イ 第一企画が昭和五五年一月から原告に対し役職手当の支給を開始したのは、右同月から原告の対外的関係を考慮して原告を課長としたが、課長手当を他の課長に支払っていることの権衡から原告にも課長手当を支払うこととしたことによるのであり、その支給根拠は技術契約社員取扱規定(書証略)ではなく給与支給規定(書証略)一六条である。被告は技術契約社員取扱規定(書証略)一三条にかかわらず、給与支給規定(書証略)一六条を準用したが、前記のような理由で原告に課長手当を支給するために同条のみを準用したにすぎない。

社員退職手当支給規定(書証略)によれば、計算対象となる勤続期間は単に「勤続年数」と記載されているだけであるが、永年勤続表彰のような通算規定(就業規則(書証略)五七条五号)もないし、技術契約社員は同世代の一般社員と比べて高い契約金の支払を受けていながらさらに給与の後払いとしての退職金も支給されるとすれば、まさに給与の二重取りであり、一般社員との対比で不公平となる。

第一企画株式会社退職年金規定(書証略)四条は「入社した日の属する月から」勤続年数を起算すると明記しているが、第一企画株式会社退職年金規定(書証略)にしろ退職年金規程(書証略)にしろ、技術契約社員を対象外としており、また、技術契約社員から一般社員に登用された者について技術契約社員としての勤続年数を一般社員の勤続年数に通算するという規定はないから、社員退職手当支給規定(書証略)を原告が主張するように解する余地はない。

ウ 平成二年二月三日から施行された契約社員取扱規程(書証略)四条は技術契約社員を永年勤続表彰の対象から除外しつつ、一般社員に登用された後は技術契約社員の勤続年数も通算する扱いとしているが、これは、永年勤続表彰は文字どおり永年勤続者に対する表彰であるから、一年間の有期雇用契約を締結している技術契約社員には元来永年勤続は想定していなかったが、永年勤続表彰は社員の福利厚生の一環との位置づけから、技術契約社員が一般社員に登用された場合の在職期間の算定に当たっては技術契約社員として表彰したときから通算することとしたことによる。前者は当然のこととして技術契約社員取扱規定(書証略)一三条の除外規定には挙げられていないが、後者は運用上のことで特別の定めをしていなかったので、契約社員取扱規定(書証略)に明記することにした。

(2) 本件合意の成立時の事情について

ア 次の(ア)及び(イ)によれば、原告は、第一企画から技術契約社員からの勤続年数を通算して退職金を計算するという提案がされない限りは、第一企画の一般社員になることはなかったということはできない。

(ア) 技術契約社員の担当業務は広告主のアイデア、製品、サービスなどを消費者に提示したり勧めたりするについてどんな広告を制作するか、販売促進のために何をするか、どんな商品を開発すればよいかなどの戦略、戦術を企画、提案するというクリエイティブな業務であり、特に顧客のニーズが厳しく、常に時代を先取りするような企画、提案が求められていたのであり、そのためには先見性や感性、技術力が重視されていたのであるが、先見性や感性、技術力は経年的に向上するものではなく、逆に年とともに衰えることもあり、したがって、年齢が高齢化するなどによって業務能力にも限界があるところ、技術契約社員の契約金は年俸制で一年ごとに取り決められるが、その取り決め方は技術契約社員の持っている能力、技術を発揮した結果としての前回更新後の業績を上司が分析評価して技術契約社員を管理する部署が技術契約社員本人と面談して契約金を交渉決定するというもので、技術契約社員の契約金は一般社員の給与と比較してよりメリハリがつけられるのであり、したがって、本人の業績次第では同じ契約社員間でも格差が生じ、一般社員よりは相当高額の契約金が保証されるというものであったから、年齢の高齢化などで技術契約社員の業務能力が限界に至れば、契約金が頭打ちとなり、場合によっては減額ということもあり得るのであって、そのようなことを懸念して、一時的には年収が下がったとしても、徐々にであっても年収が増加し、一般社員のために設けられた会社の諸制度(なお、一般社員と技術契約社員の処遇上の主な相違は別紙2のとおりである)の恩恵が享受できて生活も安定し、上級管理職や役員への登用も望める一般社員に登用されることを希望することは自然であって、だからこそ第一企画の労働組合も毎年技術契約社員の社員化を要望していたのであろう。

原告の技術契約社員としての契約金は同世代の一般社員の給与及び同世代の技術契約社員の契約金と比較して多額であり、昭和五一年九月には早くもグループ長となっていたことなどからすると、業務成績は優秀であったと考えられるが、四〇代半ばを過ぎた昭和六〇年ころになると、原告の技術契約社員としての業務成績にもかげりが生じるようになったもの考えられ、そこで、原告は右に述べた理由により一般社員への登用を希望し、被告はその原告の希望を入れて原告を一般社員に登用したものと推測される。

(イ) 原告は、一般社員とならず定年まで技術契約社員として第一企画に雇用されたと仮定した場合の収入の推移を別紙1の<3>のとおりであると推測しているが、前記(ア)に述べた技術契約社員の契約金の決定方法に照らせば、原告が技術契約社員である限りは契約金の金額が増加し続けるということはおよそあり得ないし、ましてや原告は一般社員になった後である昭和六三年一〇月一日付けで課長に、平成元年四月一日付けで部次長に昇進したが、平成五年七月一日付けで付部次長となり、そのままの役職で定年退職したが、このようにそれほどの役職に就かず給与もそれほど上がっていないのは原告の一般社員としての資質、能力が被告の期待に十分応えていなかったからであり、この事実からすれば、仮に原告が技術契約社員のままであったとしても、別紙1の<3>のとおり昇給することはあり得なかったと考えられるから、別紙1の<2>の合計金額と別紙1の<3>の合計金額を対比しても意味がない。

また、原告の技術契約社員としての契約金は同世代の一般社員の給与及び同世代の技術契約社員の契約金と比較して多額であったから、原告が一般社員になった場合には大幅に下がることが予想され、実際にも大幅に下がったが、前記(ア)のとおりそれでも原告が一般社員に登用されることを望む理由はあったものといえる

したがって、前記(ア)によれば、原告が第一企画の一般社員に登用されて定年まで勤務した場合に得られる退職金の金額の多寡が専ら原告が一般社員となるかどうかを大きく左右する事柄とはいえない。

イ 原告がどのような経緯で一般社員になったのかについては、当時の関係者が他界などしているため、確認の術がないが、次の(ア)及び(イ)によれば、境が原告との間で本件合意をするはずがない。

(ア) 退職年金規程(書証略)一五条一号は退職年金の受給資格について「勤続二五年以上定年により退職したとき」と定め、退職年金規程(書証略)三三条一号は「受給資格算定のための勤続年数は、入社した日から退職または死亡した日までのうち、一年未満の端数を切り捨てた年数とする」と定めているが、技術契約社員から一般社員に登用された者が定年退職した場合に、技術契約社員としての勤続年数を一般社員の勤続年数に通算する旨の特段の定めはないし、これまでに退職金の支給に当たって勤続年数を加算するという取扱いをしたことも一度もないのであるから、境が本件合意をしたとは到底考えられない。

(イ) 前記第二の三1(二)(2)ア(ア)のとおり技術契約社員が一般社員に登用されると、その給与は技術契約社員の契約金よりも下がるのが一般であるが、下がらない者もおり、技術契約社員の時の契約金が少ない場合には一般社員になった後の方が年収が多くなるという場合もあり、このように技術契約社員から一般社員に登用された者の年収は一般社員に登用された後の個々人の業績などに左右されていたのであって、そのような状況を承知していた境が原告を特別扱いして本件合意を締結するはずがない。

(3) 本件合意の成立後の事情について

ア 原告が平成三年五月一五日第一企画から「勤続二十年余」の永年勤続表彰を受けたことは本件合意の成立を裏付ける事情とはなり得ない。

イ 第一企画が原告に対し「特別退職優遇制度」の利用を打診するはずがなく、仮にそれが事実であるとしても、それは制度の趣旨を誤解して行ったことである。

ウ 第一企画が原告の照会に対し原告の退職手当金及び退職年金の合計が二二八〇万七九〇三円であると回答したのは、原告の退職手当金及び退職年金の計算を原告から頼まれた第一企画の人事担当の島田大介がコンピュータで検索して画面に現れた原告の入社年月日である昭和六〇年七月一日を昭和四六年七月一日と思い違いし、これを別のコンピューターの退職手当金計算書の画面に入力したために原告の勤続年数を誤ったまま原告の退職手当金と退職年金が計算されてしまい、その結果を退職金計算書と退職金に係る税額書にまとめてこれらを原告に交付したことによる。その後、右の誤りに気付いた第一企画は平成一〇年九月三日原告に対し勤続年数を訂正して計算し直した退職金計算書と退職金に係る税額書を交付している。

2  退職手当金及び退職年金の金額について

(一) 原告の主張

原告の退職時基本給は退職時の本人給と職能給の合計であるところ、原告の退職時の本人給は一五万四〇〇〇円、職能給は四四万八八〇〇円であるから、原告の退職時基本給は六〇万二八〇〇円となり、原告の退職手当基本給はその五五パーセントの金額である三三万一五四〇円となる。原告の勤続年数は昭和四六年三月八日から平成一一年一月四日までの二七年一〇月であるから、掛率は二・〇となる。これらに基づいて計算すると、原告の退職手当金は一八四五万五七二七円となる。

原告の退職年金の年金月額は退職手当基本給の二〇パーセントであるから、六万六三〇八円であり、一時金で退職年金の支払を受ける場合の退職年金は年金月額の九二・二九六倍であるから、原告の退職年金は六一一万九九六三円となる。

したがって、原告の退職手当金と退職年金の合計は二四五七万五六九〇円であり、被告の既払い金は五一三万六〇〇〇円であるから、原告の退職手当金及び退職年金の未払分は一九四三万九六九〇円である。

(二) 被告の主張

原告の退職時基本給は退職時の本人給と職能給の合計から役職手当の基本給繰入部分を控除した金額であるところ、原告の退職時の本人給は一五万四〇〇円、職能給は四四万八八〇〇円、役職手当の基本給繰入部分は三万円であるから、原告の退職時基本給は五七万二八〇〇円となり、原告の退職手当基本給はその五五パーセントの金額である三一万五〇四〇円となる。原告の勤続年数は昭和六〇年七月一日から平成一一年一月四日までの一三年七月であるから、掛率は一・二となる。これらに基づいて計算すると、原告の退職手当金(一〇〇〇円未満を切り上げた金額)は五一三万六〇〇〇円となる。

また、原告の勤続年数は一三年七月で退職年金の受給資格である勤続年数二五年以上に満たないから、原告には退職年金は支給されない。

3  退職年金に代わる損害賠償請求について

(一) 原告の主張

退職年金について記述した福利厚生便利帳(書証略)、退職年金について定めた就業規則(書証略)四二条二項、給与規程(書証略)三三条、退職年金規程(書証略)、原告の退職通知書兼給付金請求書(書証略)などによると、通常は退職年金は被告の届けを要件として保険会社が従業員に給付しているもののようであり、そうすると、被告は退職年金については直接の給付義務は負わないものと解されないでもないが、就業規則(書証略)四二条二項によれば、被告が退職年金の給付者であると解される。ところで、被告は原告について退職年金の支給が受けられるような手続はとっていないため、原告は保険会社から退職年金の支給を受けられないのであるが、被告は、原告との間で本件合意をした以上は、原告のために企業年金を運用して原告が退職年金の支給が受けられるように措置すべきであったにもかかわらず、被告はこれを怠ったのであるから、この被告の債務不履行によって原告が被った損害、すなわち、退職年金と同額の金額の金員について被告はこれを原告に賠償する義務を負う。

(二) 被告の主張

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(退職手当金及び退職年金の計算における勤続年数に関する合意の成否)について

1  退職手当金及び退職年金の支給根拠について

(一) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告が入社した昭和四六年三月八日当時の第一企画の就業規則(書証略)では給与は給与支給規定(書証略)により支給し(三二条)、退職手当は社員退職手当支給規定(書証略)により支給し(四六条一項)、退職年金は第一企画株式会社退職年金規定(書証略)により支給する(四六条二項)と定められていたこと、その後就業規則(書証略)は就業規則(書証略)に、給与支給規定(書証略)は給与支給規定(書証略)に、それぞれ改められたが、原告が技術契約社員から一般社員に登用された昭和六〇年七月一日には就業規則(書証略)、給与支給規定(書証略)、社員退職手当支給規定(書証略)、第一企画株式会社退職年金規定(書証略)がそれぞれ適用されていたこと、その後就業規則(書証略)は就業規則(書証略)に改められ、就業規則(書証略)では給与と退職手当金は給与支給規定(書証略)と社員退職手当支給規定(書証略)が統合されて設けられた給与規程(書証略)により支給し(二九条、四二条一項)、退職年金は第一企画株式会社退職年金規定(書証略)を改めて設けられた退職年金規程(書証略)により支給する(四二条二項)と定められたこと、社員退職手当支給規定(書証略)一条は「社員が退職した場合、又は、在職中死亡した場合の退職手当金の支給はこの規定による。但し、試傭期間中は勤続年数に算入しない」と定めていたが、社員退職手当支給規定(書証略)には技術契約社員から一般社員になった者の退職手当金の算定に当たって一般社員の勤続年数に技術契約社員の勤続年数を加算することを定めた規定は見当たらないこと、給与規程(書証略)三〇条本文は「一般社員が永年勤続し退職した場合は、別表(6)に定める「退職手当金支給基準」による退職手当金を支給する」と定め、「退職手当金支給基準」は一般社員の勤続年数に応じた退職手当金の算定方法を定めているが、給与規程(書証略)には技術契約社員から一般社員になった者の退職手当金の算定に当たって一般社員の勤続年数に技術契約社員の勤続年数を加算することを定めた規定は見当たらないこと、第一企画株式会社退職年金規定(書証略)三条も退職年金規程(書証略)三条も技術契約社員を退職年金の支給対象者から外しており、退職年金の支給対象者について第一企画株式会社退職年金規定(書証略)七条は勤続期間二五年以上で退職する者と定め、退職年金規程(書証略)一五条は勤続二五年以上で定年により退職した者などと定めていること、退職年金規程(書証略)には技術契約社員から一般社員になった者の退職年金の支給に当たって一般社員の勤続年数に技術契約社員の勤続年数を加算することを定めた規定は見当たらないこと、原告が入社した昭和四六年三月八日当時の第一企画の就業規則(書証略)では技術契約社員の取扱いは別に定めるところによると定められ(一一条)、技術契約社員取扱規定(書証略)が設けられていたこと、その後第一企画の就業規則(書証略)は就業規則(書証略)に、技術契約社員取扱規定(書証略)は契約社員取扱規程(書証略)に、それぞれ改められ、就業規則(書証略)では技術契約社員は別に定める契約社員取扱規程(書証略)による外この規則を準用すると定められたこと(四条ただし書)、技術契約社員取扱規定(書証略)も契約社員取扱規程(書証略)も技術契約社員とは契約期間を定めて第一企画に雇用された者をいうと定めていること(いずれも三条)、社員退職手当支給規定(書証略)がその一部として含まれるべき就業規則(書証略)四四条一項は「次の各号の一に該当するときは退職とする。(1)勤続満一ヶ年未満の者(試傭中のものを除く)で業務外の傷病により欠勤三ヶ月に及ぶとき。(2)傷病休職が満了したとき、(3)停年または停年の延長期日に達したとき。(4)退社を願い出て会社の承認を得たとき。(5)やむを得ない会社の都合により退職を定められたとき。(6)死亡したとき。(7)四等級以下(四等級を含む)の社員で満三五才に達したとき。ただし、満三二歳以上で入社又は社員登用の者については、入社又は登用の日より三年間猶予する。(8)役員に就任したとき」と定めていたこと、右のほかには就業規則(書証略)において退職の意義について定めた規定は見当たらないこと、契約社員取扱規程(書証略)がその一部として含まれるべき就業規則(書証略)四〇条は「次の各号の一に該当するときは退職とする。(1)傷病休職期間が満了しても、なお業務に耐えられないと認められたとき。(2)定年に達したとき。(3)三〇日前に退社を願い出て会社の承認を得たとき。(4)死亡したとき。(5)役員に就任したとき」と定めていたこと、右のほかには就業規則(書証略)において退職の意義について定めた規定は見当たらないこと、以上の事実が認められる。

(二) 原告は、社員退職手当支給規定(書証略)によれば、退職手当金は社員全員が対象となっており、技術契約社員は排除されていないから、原告が入社当時から退職金請求権を有していたことは規定上明らかであると主張する。

しかし、前記(一)の事実によれば、社員退職手当支給規定(書証略)一条では「社員が退職した場合」に退職手当金を支給すると定めているだけで、「社員」について特段の断りを付けているわけではないことからすると、この社員には技術契約社員が含まれると解する余地がないではないが、就業規則(書証略)では雇用契約に定められた契約期間が満了して当該雇用契約が終了したことを「退職」とは定義していないのであるから、就業規則(書証略)及び社員退職手当支給規定(書証略)においては技術契約社員が「退職」することはあり得ないこととされているというべきであって、そうであるとすると、社員退職手当支給規定(書証略)一条にいう「社員」に技術契約社員が含まれると解することはできない。

そして、前記(一)の事実によれば、給与支給規定(書証略)と社員退職手当支給規定(書証略)が統合されて設けられた給与規程(書証略)三〇条本文は「一般社員が永年勤続し退職した場合は、別表(6)に定める「退職手当金支給基準」による退職手当金を支給する」と定めており、退職手当金の支給対象者を一般社員に限っていること、原告は昭和四六年三月八日から昭和六〇年六月三〇日までは技術契約社員であったが、契約期間の満了の度に第一企画から退職手当金を支給されていたとか退職手当金を支給するよう第一企画に求めたことがあるとか技術契約社員に退職手当金が支給されるかどうかが問題となったことがあるなどといった主張は全くしていないことも併せ考えると、第一企画においては技術契約社員には退職手当金を支給しないという取扱いをしてきたことが認められる。

前記第二の三1(一)(1)アのとおり原告が挙げる社員退職手当支給規定(書証略)、技術契約社員取扱規定(書証略)及び就業規則(書証略)はこの認定を左右するには足りず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) 前記(一)の事実によれば、第一企画株式会社退職年金規定(書証略)三条も退職年金規程(書証略)三条も技術契約社員を退職年金の支給対象者から外しているから、第一企画においては技術契約社員には退職年金を支給しないという取扱いをしてきたことが認められる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

(四) 原告が第一企画の一般社員であったのは昭和六〇年七月一日から平成一一年一月四日までである(前記第二の二3、5)から、前記(一)で認定した退職手当金の支給根拠である給与規程(書証略)三〇条本文及び退職年金の支給根拠である退職年金規程(書証略)一五条によれば、退職手当金の算定において原告の勤続年数は一三年七月ということになり(退職手当金の勤続年数の計算方法は前記第二の二4のとおりである)、また、原告の一般社員としての勤続年数が一三年七月である以上、原告には退職年金は支給されないことになる。

2  本件合意の成否について

(一) 技術契約社員から一般社員に登用された社員について一般社員として退職手当金及び退職年金を支給するに当たって技術契約社員としての勤続年数を一般社員としての勤続年数に加算するかどうかは被告が企業経営上の観点から自ら決すべきことであるが、そもそも第一企画においては技術契約社員には退職手当金及び退職年金を支給しないという取扱いをしてきたこと(前記第三の一1)、給与規程(書証略)には技術契約社員から一般社員になった者の退職手当金の算定に当たって一般社員の勤続年数に技術契約社員の勤続年数を加算することを定めた規定は見当たらず、退職年金規程(書証略)には技術契約社員から一般社員になった者の退職年金の支給に当たって一般社員の勤続年数に技術契約社員の勤続年数を加算することを定めた規定は見当たらないこと(前記第三の一1(一))からすれば、被告は技術契約社員から一般社員に登用された社員について一般社員として退職手当金及び退職年金を支給するに当たって技術契約社員としての勤続年数を一般社員としての勤続年数に加算しないこととしたものというべきである。

これに対し、原告は社員退職手当支給規定(書証略)や第一企画株式会社退職年金規定(書証略)を根拠に技術契約社員から一般社員に登用された社員について一般社員として退職手当金及び退職年金を支給するに当たって技術契約社員としての勤続年数を一般社員としての勤続年数に加算することと定められていると主張するが、採用できない。

そうすると、一般社員としての勤続年数が一三年七月しかない原告については、原告の主張に係る本件合意の成立が認められない限りは、退職手当金の算定において勤続年数は一三年七月ということになり、退職年金は支給されないことになる。

(二) そこで、原告の主張に係る本件合意が成立しているかどうかを検討するが、本件合意の成立を記した書面が証拠として提出されているわけではなく(当裁判所に顕著である)、本件合意の一方の当事者である境は既に他界しており(争いがない)、同人に本件合意の成否について確認する術はないのであるから、果たして本件合意の成立を裏付ける的確な証拠や事実があるかどうかという観点から本件合意の成否を検討することとする。

(1) 次に掲げる争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

ア 原告は昭和五一年九月一日付けで課長待遇のルーム長となり、昭和六三年一〇月一日付けで課長となり、平成元年四月一日付けで部次長となったが、平成六年七月一日付けで付部次長となり、そのまま定年を迎えた。原告が技術契約社員から一般社員に登用された昭和六〇年の年収は八五六万三〇〇〇円であり、その前年である昭和五九年の原告の年収は九四一万二〇〇〇円であり、原告が技術契約社員から一般社員に登用された昭和六〇年の翌年である昭和六一年の年収は八二三万三〇〇〇円である。原告が課長となった昭和六三年の年収は九二五万六〇〇〇円であり、原告が部次長となった平成元年の年収は九三八万三〇〇〇円であり、平成二年から平成五年までの年収は毎年上がり続け、平成五年には一一一三万七〇〇〇円となったが、付部次長となった平成六年から平成一〇年までは一〇〇〇万円から一一〇〇万円の間を推移していた(証拠略)。

イ 技術契約社員から一般社員に登用されたN・A氏は昭和六三年四月一日付けで部次長となったが、平成六年七月一日付けで付部次長となった。N・A氏が部次長となった昭和六三年の年収は九九一万四四〇〇円であり、平成元年から平成五年までの年収は毎年上がり続け、平成五年には一一二一万六六五〇円となったが、付部次長となった平成六年以降は一〇〇〇万円から一一〇〇万円の間を推移していた(書証略)。

ウ 技術契約社員から一般社員に登用されたH・T氏は昭和六三年四月一日付けで部次長待遇のグループ長となり、平成元年八月一日付けで局次長となり、平成三年四月一日付けで局長となり、平成七年七月一日付けで副理事局長となり、平成八年五月一日付けで副理事の任が解かれて局長となった。H・T氏が部次長待遇のグループ長となった昭和六三年の年収は九九五万三六五〇円であり、H・T氏が局次長となった平成元年の年収は一〇五五万円であり、H・T氏が局長となった平成三年の年収は一二一七万七〇七〇円であり、平成四年からH・T氏が五六歳を迎えた平成一〇年までの年収は毎年上がり続け、平成一〇年には一四七八万七五〇〇円となった(書証略)。

エ 第一企画においては技術契約社員の年収は同世代の一般社員の年収と比べて高かった。原告が技術契約社員であったときの年収は同世代の一般社員と比べて相当に高かった。また、原告の昭和五五年から昭和五九年までの年収は同時期に技術契約社員であった原告と同い年のO・K氏の年収又は同時期に技術契約社員であった原告よりも一歳年上のT・K氏の年収よりも二〇〇万円以上は多かった(証拠略)。

オ 第一企画は平成四年五月に同月一日現在で勤続満一〇年以上の一般社員を対象に特別退職優遇制度を発表した。原告はこの制度について相談に来た者の応対をしていた北島人事部長を訪ね、この制度の適用について相談したことがある(証拠略)。

これに対し、原告は北島人事部長は原告に対し右の制度の利用を打診し、原告が右の制度を利用した場合の退職金等の金額を回答したと主張するが、証拠(略)は右の主張に係る事実を認めるには足りないというべきである。

カ 原告が平成一〇年四月に退職手当金及び退職年金の金額について第一企画に照会したところ、その合計は二二八〇万七九〇三円であるという回答を得たが、第一企画は同年九月三日に至って原告に対し右の回答が誤っていたと回答し直し、同年一二月に原告の勤続年数を一三年七月として計算した退職金計算書及び退職金に係る税額書(書証略)を原告に交付した(第一企画が平成一〇年四月に右のとおり回答したこと及び同年九月に右の回答が誤っていたとして回答し直したことは争いがなく、その余は弁論の全趣旨)。

キ 平成二年二月三日から施行された契約社員取扱規程(書証略)四条は技術契約社員を永年勤続表彰の対象から除外しつつ、一般社員となった後は技術契約社員の勤続年数も通算する扱いとしている。原告は平成三年五月一五日第一企画から「勤続二十年余」の永年勤続表彰を受けている(争いがない)。

(2) 前記(1)の事実によれば、原告が技術契約社員から一般社員に登用されることによって原告の年収は一〇〇万円以上も下がったものと認められるが、他方において、技術契約社員から一般社員に登用されることによって第一企画の幹部社員に登用される途が開かれるのであり、H・T氏のように局長といった第一企画の幹部社員として枢要な地位に就けば、相当高額な給与が支払われることが認められるのであって、そうすると、原告が技術契約社員から一般社員に登用されるに当たって自分が今後第一企画の幹部社員として枢要な地位に就くことができるという期待を抱いていたとすれば、原告が技術契約社員から一般社員に登用されることによって年収が下がるということがあったとしても、それが必ずしも原告にとって一般社員への登用を承諾することを妨げる事情に当たるとは言い難いと考えられるところ、第一企画は昭和六〇年になって原告を管理職として長期雇用する意向を持って原告に対し一般社員になるよう申し入れていること(前記第二の二3)、第一企画においては技術契約社員の年収は同世代の一般社員の年収と比べて高かったが、原告が技術契約社員であったときの年収は同世代の一般社員と比べて相当に高く、昭和五五年から昭和五九年について言えば、原告と同い年の技術契約社員や原告よりも一歳年上の技術契約社員よりも原告の方が年収で二〇〇万円以上多かったこと(前記第三の一2(二)(1)エ)からすると、昭和六〇年に技術契約社員に登用されたころの原告は技術契約社員としての職務を十分にこなし、第一企画における幹部社員として相当の期待が持たれていたものと考えられ、原告自身も今後第一企画の幹部社員として枢要な地位に就くことができるという期待を抱いていたものと考えられるのであって、そうであるとすると、原告が技術契約社員から一般社員に登用されることによって原告の年収が一〇〇万円以上も下がることは必ずしも原告にとって一般社員への登用を承諾することを妨げる事情に当たるとは言い難いというべきである。

また、右に認定、説示したことによれば、昭和六〇年に技術契約社員に登用されたころの原告は、技術契約社員のままでいれば、年収は今後も増加すると思っていたものと考えられ、一般社員に登用されるとなると、年収は大幅に減ると思っていたものと考えられるが、右に認定、説示したことに照らし、そのことは原告にとって一般社員への登用を承諾することを妨げる事情に当たるとは言い難いというべきである。

(3) 第一企画が平成四年五月に同月一日現在で勤続満一〇年以上の一般社員を対象に特別退職優遇制度を発表した際に、原告はこの制度について相談に来た者の応対をしていた北島人部長を訪ね、この制度の適用について相談したことがある(前記第三の一2(二)(1)オ)が、この事実は本件合意の成立を裏付ける的確な事実ということはできない。

(4) 原告が平成一〇年四月に退職手当金及び退職年金の金額について第一企画に照会したところ、第一企画からその合計は二二八〇万七九〇三円であるという回答を得た(前記第三の一2(二)(1)カ)が、第一企画は同年九月三日に至って原告に対し右の回答が誤っていたと回答し直し、同年一二月に原告の勤続年数を一三年七月として計算した退職金計算書及び退職金に係る税額書(書証略)を原告に交付した(前記第三の一2(二)(1)カ)というのであるから、原告の退職金に関する平成一〇年四月の第一企画の回答は本件合意の成立を裏付ける的確な事実ということはできない。

(5) 平成二年二月三日から施行され契約社員取扱規程(書証略)四条は技術契約社員を永年勤続表彰の対象から除外しつつ、一般社員となった後は技術契約社員の勤続年数も通算する扱いとしており、原告も平成三年五月一五日第一企画から「勤続二十年余」の永年勤続表彰を受けており(前記第三の一2(二)(1)キ)、この「勤続二十年余」が原告の技術契約社員としての勤続年数を含むことは明らかであるが、一般社員を対象にした永年勤続表彰において勤続年数の計算においては技術契約社員としての勤続年数を加算しているからといって、退職手当金及び退職年金においても同様の勤続年数の計算の仕方をすべきであるということにはならない。

(6) 社員退職手当支給規定(書証略)三条は「特別の事情のある者に対して支給額を増額することがある」と定めているが、そのことは本件合意の成立を裏付ける事情とはなり得ない。また、証拠(略)によれば、境が第一企画のオーナーとして相当にワンマンであったことがうかがわれないではないが、そうであるからといって、そのことは本件合意の成立を裏付ける事情とはなり得ない。

(7) 以上によれば、原告が本件合意の成立時の事情及び成立後の事情として主張する事実はいずれも本件合意の成立を認めるには足りないというべきであり、これらの事実を総合しても、本件合意の成立を認めることはできないというべきである。

(三) 以上によれば、原告の主張に係る本件合意の成立を認めることはできない。

3  小括

以上によれば、原告の退職手当金の算定において原告の勤続年数は一三年七月ということになり、また、原告には退職年金は支給されないことになる。

二  争点2(退職手当金の金額)について

1  前記第三の一2(二)(1)アの事実、証拠(略)によれば、平成六年七月一日に改正された給与規程(書証略)では退職手当基本給は退職時基本給の五五パーセントの金額と定められていたが、その後第一企画の一般社員が平成八年四月以降に退職する場合には、退職手当基本給は平成八年三月時点の基本給に平成八年四月以降の基本給昇給額を加えた金額の五五パーセントの金額とすることに改められたこと、平成八年三月時点の基本給に平成八年四月以降の基本給昇給額を加えた金額とは、旧等級がM1~M3であった者については新基本給から役職手当の基本給繰入れ部分(課長以上の役職に就いていた場合は、非営業の課長職手当相当分(M1:四万三〇〇〇円、M2:四万八〇〇〇円、M3:五万三〇〇〇円を、専任役職であった場合は、専任役職手当全額)を引いた金額であるとされたこと、原告は付部次長で定年を迎えており、付部次長の役職手当は三万円であったことが認められる。

2  右1の事実によれば、原告の退職手当基本給は、退職時基本給である六〇万二八〇〇円(前記第二の二6)から原告の役職手当である三万円を差し引いた残額である五七万二八〇〇円の五五パーセントの金額に当たる三一万五〇四〇円ということになる。

原告の勤続年数は一三年七月であるから、掛率は一・二となる。原告の退職手当基本給である三一万五〇四〇円に掛率一・二と勤続年数一三年七月を乗じた五一三万五一五二円について一〇〇〇円未満の端数を切り上げた五一三万六〇〇〇円が原告の退職金ということになる。

そして、被告が原告に対し退職金として金五一三万六〇〇〇円を支払っている(前記第二の二7)から、被告に原告の退職金の未払はない。

三  争点3(退職年金に代わる損害賠償請求)について

原告の損害賠償請求は被告が原告に退職年金の支払義務を負っていることを前提としているところ、被告が原告に退職年金の支払義務を負っていないことは前記第三の一3のとおりであるから、原告の損害賠償請求はその前提を欠いており、理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

別紙(略)

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